会社沿革HISTORY
昭和30年2月 | 西尾市土地改良区内においてコンクリート二次製品を製造する部門として創業 |
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昭和32年2月 | 西尾市土地改良区より分離独立し、資本金500万円にて西尾コンクリート工業(株)を設立 初代代表取締役社長に本田明治就任 |
昭和33年2月 | 事業拡張のため工場用地を3,300m²買収する |
昭和34年9月 | AP型護岸ブロックを油圧式成型機で製造開始 |
昭和35年3月 | 歩道板、U字溝等の道路用製品の製造開始 |
昭和36年5月 | H型法張ブロック、鉄筋コンクリート管の製造開始 |
昭和37年4月 | 0.3m³ミキサー3基装備のバッチャープラント完成 |
昭和40年11月 | 道路製品のJIS審査に合格し、日本工業規格許可工場に認可 |
昭和42年1月 | 鉄筋コンクリート管、道路用L型のJIS審査に合格する |
8月 | U型アーム、特殊U字溝等の農業土木製品を製造開始する |
昭和49年4月 | 初代代表取締役社長 本田明治死去 本多秀雄 代表取締役社長に就任 |
12月 | 資本金2,000万円に増資 |
昭和50年4月 | 当社の母体である西尾市土地改良区解散 |
昭和54年10月 | 鉄筋三階建て新社屋完成 |
昭和56年2月 | 第一工場の改築により最新式連続養生成形プラントを装備 |
8月 | 豊田営業所開設 豊田市神田町1丁目1-6 |
昭和57年2月 | 大洋スレート工業(株)を買収 |
5月 | 豊田営業所移転 豊田市幸町家下34 |
昭和59年8月 | L型擁壁「ザ・ウォール」の製造開始 |
昭和60年1月 | 代表取締役社長 本多秀雄死去 石川 栄 代表取締役社長に就任 |
昭和61年12月 | 道路用鉄筋コンクリート側溝及び蓋のJIS審査に合格 |
平成3年8月 | 蛭川実太郎 代表取締役社長に就任 |
平成4年2月 | 18tフォークリフトを導入し、ハイタッチウォールの製造開始 |
平成6年6月 | 宅地造成規制法施工令に係わる建設大臣認定のL型擁壁製造工場として適格であることを評定される |
平成15年4月 | 愛知県リサイクル資材評価制度の認定取得 |
平成17年10月 | 愛知県知事 建設業許可取得(とび・土木工事業) |
平成19年7月 | 新JISマーク表示制度の認証取得 |
8月 | 榊原国男 代表取締役社長に就任 |
平成25年10月 | 大洋スレート工業株式会社と合併 豊田工場とする |
平成27年10月 | L型擁壁「ザ・ウォールII」大地震対応型枠を購入(豊田工場) |
平成28年2月 | 「ザ・ウォールII」大地震対応型の工場認証取得(豊田工場) |
令和2年8月 | 本社社屋新築 |
令和3年2月 | ハイタッチウォール(耐震型)工場認定取得 |
3月 | 本社工場閉鎖 |
4月 | 豊田工場中型製品製造建屋新築 |
7月 | 現在に至る |